2021年1月9日 朝日新聞

「色のふしぎ」と不思議な社会  2020年代の「色覚」原論 川端裕人〈著〉筑摩書房 2000円


「正常と異常」分かち難い連続性
 色の区別や見え方は、多くの人にはことさら問うまでもない当たり前のものだろう。だが遺伝性の「色覚異常」とされる人々ーー日本人男性の5%、女性で0.2%ーーには、多数派との違いが社会生活上の壁として立ちはだかってきた。
 学校では色の点で描かれた文字を読み取る検査で異常と判定され、「色が分からないの?」とはやされる。1980年代までは多くの大学で医学部や教育学部への進学が制限された。優生思想が残る中で「色盲のものとは結婚するな!」と言う教員すらいたという。
 「色覚異常」の当事者でもある著者は、いったんはなくなっていた学校での検査が2015年前後に再開されたことに驚き、この問題を社会と科学の両面から丁寧に追う。20世紀の差別の実態を検証した後、目を向けるのは、霊長類の色覚進化や脳内の信号処理についての最先端の知見だ。
 例えば、赤と緑の区別が得意な3色型の色覚は「森の中で果物を探して食べることに有利であり」、その方向への進化をもたらしたかもしれない。だが、赤と緑を区別しにくい2色型も経験を積めば菜食効率は上がるし、明るさや形の違いにはむしろ敏感で昆虫をとる効率は3色型より高い。
 さらに、米英でパイロット向けに開発された精緻な検査法によれば、人による色覚の違いは明確には線引きしにくく、ほぼ連続した分布になっているという。
 つまり、色覚は「正常か異常か」ではなく、「多様性と連続性」の枠組みで理解すべきだというのが著者の結論だ。検査や職業適性も、その前提で考え直す必要がある。かつての制限の多くは「過剰な心配」「過剰な指導」だったのだ。
 実は評者も「赤緑色弱」で、本書にはページごとにうなずき、心揺さぶられた。とはいえ「正常」な人にこそ本書を読んでほしい。「遺伝差別」の懸念が強まるゲノム時代の「練習問題」だという著者の表現は決して大げさではない。 評・石川尚文 本社論説委員